私が持っているちょっとしたビジョンと言うか思想として、「日本のIT産業は工業化を目指さなければならない」と思っている。 ハッキリ言って家内制手工業が蔓延していることは認めなければならない。 これは恐らくIT産業に限らず、広告代理店のクリエイター、マスメディア産業など、クリエイティブっぽい産業ならどこでも直面している問題かと思う。

工業化の悪い側面は「働きがいがない」というリスクがあることだ。 この一因は「手に職がつかない」という感覚になることは大きく、製造業や小売業(私も小売を経験した)では大いにそんな感覚は受けた。これは退職理由の1つでもあったが、とは言え、最近なぜそのような産業が「強い」のかという理由にもなっている。

逆に言えば、家内制手工業的な産業では妙な全能感があり、「やりがい」に繋がりやすい。これは私もそう感じている。しかし、反面として強い「属人性」が生まれやすいものだ。 日本の製造業や小売業が強いのは、「会社自体」にナレッジを落とし込んでいることに成功しているからだと思っている。これが彼らの言う「カイゼン」の本質だと思っている。

勿論どのIT企業でもナレッジベースを作ったりしているだろうが、そう言うところではない。なぜか「一部の『俺』の為のナレッジ」と考える人が多くなりやすい傾向があるように思えるのである。これはサービス産業全体で、例えばワンマンベンチャー経営者はそう思いやすいのかもしれないと、ネットの映像を見てて思う。これは罠だと思う。

勿論製造業でも現場では色々あると思える。現実は3Kがすごいだの、悪い話はよく見る。とは言え、彼らが恐らく「働き方改革」に昔から熱心で、研究しているのは本当だろう。

小売業に居た頃を振り返っても似たような感じで、とりあえず「人」をファーストに組み立てて考えて、「こういう手順でこうしましょう」という考えは本当に強い。正直その部分だけは進んでいたのではないか、と思っている。じゃないと、パートのオバチャンが何人も働いている環境にはならない。

どちらが理想か、というよりは、バランスである。良いところ、彼らが進んでいる所は沢山あると思っている。だから見習わないとね、というのが私の思うところだ。

そもそもスクラムやJITは「トヨタ生産方式」からもともと来たものである。と言うことは、この国の本質的な強みである。なぜIT産業は米国の思想を逆輸入ばかりして、身近なところを見ないのかは、ちょっと疑問に最近思うようになった。

この側面の1つは、「昭和の偉人」がそんなにいないことだろうと思う。製造業なら松下幸之助なり、小売なら倉本長治のような思想的基盤があり、大野耐一や渥美俊一のような人物が理論的支柱を立てているのである。良くも悪くも、彼らの信者が今の一大企業を作ったのだ。そういう人がいないのはちょっと惜しいところである。

私が興味をもった1つの施策は、例えば大手の製造業の工場には「リリーフマン」という職責がいるらしいことだ。

この人達の職責とは、「トラブル発生時にヘルプを行い、その異常の分析と、オペレータの自律的判断とを促せるようにする」ことだ。その為の仕組みとして「オペレータ」は「アンドン」という手元のボタンを使う。恐らくトヨタ系の生産方式の本をちょこっとかじった方なら常識的なことなのかもしれない(私は断片的にしか分からない)。

これはさしずめ「スクラム」的な管理手法では「スクラムマスター」、あるいは先進的なメガベンチャーであれば「テックリード」に若干近いポジションなのだろうが、多くはある程度だけ年数を重ねた若い人が受け持つようだ。重要なのは「(IT産業的に言えば)メンティー側が自律的な判断を促せる」ところや「(その現場における)若手ジェネラリストがなるべき職責」と最初から考えている視点である。ここは、中々関心するところだ。こういった人を配置して「分析」と「教育」のスキルを同時に向上させ、やがてスペシャリストにしようという考えがあるのだと言う。

「ボタン」による心理的安全性の確保(実際にはパワハラの原因になるという声も企業によってはあるようだが)という仕組みも良いところだろう。何より私が関心した所は、「作業者のところにその人が来る」という考え方が普及していることだ。「俺の所に来い」ではない。これが製造業の考えているベストプラクティスだと理解している。

チャットや口頭という手段でも良いのだが、彼らは品質を維持する重要性とリードタイムを第一に考えていて、その為には作業者が動くのは変であろう、という部分と、適切な目利きとしての第3者がいることが大事(レビュアーということではない)と考えた訳であろう。そうやって、「そもそもその手段が適切か」を「疑問」に出来て「ポジション」と「ボタン」を開発し、業界全体でこういう仕組みを「水平展開」できるのである。

こういったものを「実装」できるのだ。私は彼らの「やり方」は見習うべきところや、ヒントが沢山落ちているんじゃないかと思っている。

私はこういった別産業の方を謎に下等視するような発言をする人物を見たことがあるのだが、私は決してそう思えないのである。そもそもIT産業のやるべきことの1つは、彼らのプラクティスの開発と運用とを理解し、支援することである。なぜ「自分には関係ない」対象だけ都合よく馬鹿にできるのだろうか。私は実に謎である。それぞれの産業の創意工夫は本当に見習うべきものがあるし、出来ることならこういうことにもアンテナを張りたい、と思ってならない。